2015年03月22日

燐光群「クイズ・ショウ」

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もちろん今は、クイズショウの真っ最中です。
まさか質問をお忘れになったのではないでしょうね。
(チラシより)

 前作「8分間」に続き今回も実験的な作品。タイトルの通りクイズ・ショウが手を替え品を替えつつ延々と繰り広げられる。クイズの内容もシチュエーションもなかなか工夫されていて面白かった。しかしそれ以上に、この展開で芝居として成立させられる戯曲と役者の力量には脱帽する。

 呑んだくれとしてはバーを舞台にしたセクションが好み。いい感じの女性とあんな気の利いた会話をしてみたい。最終パートの、不正解だった人がどんどん消滅していくという場面は、まるでクイズが人生や世界であるかのように迫ってくる。

 アフタートークで坂手洋二は“普通の戯曲には飽きてしまった”というようなことを言っていたが、そんな軽い気まぐれでこんなレベルのものを書かれたら、世間の若手はたまらんだろう。

2015/03/22-14:00
燐光群「クイズ・ショウ」
ザ・スズナリ/事前入金3600円
作・演出:坂手洋二
出演:円城寺あや/岡本舞/中山マリ/鴨川てんし/川中健次郎/猪熊恒和/大西孝洋/韓英恵/都築香弥子/杉山英之/武山尚史/松岡洋子/樋尾麻衣子/山村秀勝/宇原智茂/田中結佳/長谷川千紗/秋定史枝/齋藤宏晃/水野伽奈子/根兵さやか/川崎理沙/松井美宣/寺本一樹/池町映菜/加藤素子
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2015年03月21日

アマヤドリ「悪い冗談」

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テーマパークになった、ニッポン。
(チラシより)

 「悪と自由の三部作」の三作目。結局全部観たものの、物語として連続性があるわけではなく、世界観が共通だったのだと思われる。冒頭に出てくる囚人は三部作一作目の「ぬれぎぬ」に出てきた犯人のようだが、繋がりはそのくらいか。

 戦争と東京大空襲の記憶、現代人の意識、隣国との関係、服従の心理、などなどが渾然としたインパクトある舞台だった。台湾と韓国からの役者も交え、ニッポンのようなトウキョウのような、そうではないような世界の物語。ケンケンパのステップを含むダンスはひょっとこ乱舞を思い出させる馴染み深い感覚。

 作品のテーマは分かったような分からないような、と言うことは多分分かってないんだと思うが、イメージが頭の中に叩き込まれて持て余した感じだ。単純に受け止めれば国際関係への問題提起や周りに流される人間心理かもしれないが、もうちょっと尖ったものがありそうな気がする。

 余談だが、私が観た回のアフタートークでゲストとして迎えられたのが、『風俗で働いたら人生変わったwww』の著者である水嶋かおりん氏だった。16歳から風俗業界で働き、現在セックスワーカーの立場から社会活動に取り組んでいるという人。結果的には省かれてしまったようだが、当初はそういう話題も芝居に盛り込む予定だったらしい。それはそれで観てみたいと思う。

2015/03/21-19:00
アマヤドリ「悪い冗談」
東京芸術劇場シアターイースト/当日清算3000円
作・演出:広田淳一
出演:笠井里美/松下仁/渡邉圭介/小角まや/榊菜津美/糸山和則/沼田星麻/中野智恵梨/中村早香/宮崎雄真/足立拓海/石山慶/石本政晶/石井双葉/石井葉月/竹林佑介/廣塚金魚/升味加耀/添野豪/谷畑聡/PANAY PAN JING-YA(台湾)/Kim Dae Heung(韓国)
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オイスターズ「日本語私辞典」

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いつもの朝、いつもの挨拶をして、いつもの人達に会って、いつものように笑って、いつものように寝る。
そうやっていつも当り前にある物や人が突然消えてしまった。…そんなこともいつもある。
それも日常ならば、当り.前に「私」だと思っていた「私」が突然「私」ではなくなってしまう事だってあるだろう。
そうなると失って初めて気づく日常の光景には、さて、誰がいつ気付くのでしょう?
(チラシより)

 演劇というよりライブパフォーマンスのような作品だが、綿密に書かれた脚本があるという点で間違いなく演劇だ。冒頭、舞台上に作られた障子のような紙にあいうえおが順番に筆で書かれる。そしてあいうえおにまつわる不条理な物語が展開される。

 この不条理さは昔懐かしい感覚だった。私が演劇を観るようになった始めの頃はこういう不条理劇がたくさんあったように思う。ただその頃のものに比べると脚本は緻密になっている。そうでなければ残らないのだろう。

 喋れない文字が増えていくというネタは幽遊白書の「禁句」という話を思わせますが、本作ではさらに一捻りされており、セリフを検証するだけでなくボキャブラリーの勝負みたいな楽しみ方もできました。

2015/03/21-14:00
オイスターズ「日本語私辞典」
シアター風姿花伝/当日清算3000円
作・演出:平塚直隆
出演:秋葉由麻/川上珠来/ほしあいめみ/河村梓/寺島久美子/横山更紗/覚前遥/田内康介/高瀬英竹/平塚直隆
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2015年03月14日

桃園会「paradise lost,lost」

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空き地となった団地跡。荒涼とした閉塞と不確かな現実が漂う。不可解な連続殺人事件から6年後の世界。

現代、秋なかば、「うちやまつり」の世界のおよそ6年後。
団地は取り壊され、広大な空き地が広がっている。大型量販店が建設されるということであるが、未だ取り壊し作業が終わらず、目処が立たない。「こやまさんちのにわ」はこの広大な空き地にあって、もはやその所在はわからない。その空き地を見下ろすドライブイン2階の喫茶室で、店を閉めている間にカウンター一面に黄色と黒のペンキで巨大な目玉を落書きされる事件が起こる。店主は動ぜず、とりあえず今日一日は開店して、事情を説明して明日閉めて清掃するという。犯人は何の目的で行為を行ったのか? これは警告なのか? 新たな事件の始まりなのか? 6年前の事件は未解決のまま団地の消滅とともに風化しようとしている。今、工事関係者の間でささやかれる新たな噂は、この空き地に「団地の幽霊」が出るというものだ。
(チラシより)

 「うちやまつり」と連続上演で、同日に通し券で鑑賞。6年後の後日譚ということだが、登場人物はすべて異なる。昔の事件のことも今の噂話も、みなさして真剣に語りはしないが、どことなく意味深な会話劇が展開される。意味深すぎて多分自分には理解できていないと思うが、これもあえて深掘りはしないでおく。

 舞台中央にある柱に「巨大な目玉の落書き」があるが、前半は奥を向いていて客席からは見えない。途中の転換で反転すると、おどろおどろしい目玉が現れる。意図的なアートとしてこれを描くこともありえるだろうが、落書きとしては不気味すぎる。

 現実にこういうことがあったら、やっぱり微妙に気になりながらも気にしてないかのように過ごすことができてしまうだろう。そこから事件が始まりはしないのだ。猟奇的な行為すら飲み込んで日常が形成される、それこそがこの作品で描かれる現代人と現代社会の姿かもしれない。ただそれは暗部と言い切ることもできないだろう。

 あらすじにある「現代社会のこの作品のタイトルにあるparadiseとは何だろうか。団地は消滅しているが、団地のことではあるまい。

2015/03/14-19:00
桃園会「paradise lost,lost」
座・高円寺1/当日精算2500円(通し券5000円)
出演:はたもとようこ/森川万里/長谷川一馬/原綾華/加藤智之/隈本晃俊/田口翼/谷川未佳/二口大学
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桃園会「うちやまつり」

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団地を舞台に、現代社会に生きる人間の暗部と狂おしき本能を照射した新触感の会話劇。

舞台はとある関西地方都市。時は1月3日、4日の両日。
超高層団地にある小さな空き地。荒れ放題のその場所は誰が言うともなく「こやまさんちのにわ」と呼ばれている。そこに集う団地の住人。お互いの名前も知らず職業も分からない。ただ彼らの間をつなぐのは、この場所をめぐるたわいもない噂話。団地内で今夏起きた三件の殺人事件は未だ解決をしていない。登場する住人達は皆、死の影とセックスの匂いをはらんでいる。現実感覚を欠く主人公の青年は殺人犯に疑われるうちに、自分が犯人かどうか分からなくなっていく。
建物の影となって昼なお暗い「こやまさんちのにわ」で繰り広げられる荒涼とした現代人の精神風景、人間性の暗部を深く静かに見つめた物語。
(チラシより)

 現実の事件をモチーフにしているが、その点にリアリティを求める作品ではない。現実の日常会話であんなに赤裸々に心のうちを語る人はそうそういない。連続殺人事件が起こった団地の中にある空き地。犯人と疑われた青年は有罪とはならずに釈放され、事件は未解決。そんな状態ですれ違う住民たちが交わす言葉はどんなものになるだろう。

 ここで象徴的に表現されている“現代人の人間性”とは、異常な行為よりむしろ殺人事件すら日常に飲み込んでしまう正常化心理のように感じる。それぞれ色々な事情と気持ちを抱えていながら、穏便に生活を続けていくのだ。

 わかりやすい起承転結もなく淡々と会話が続くので、観ているうちに意識がぼんやりしてくる。むしろそれはリアルな日常会話への反応かもしれない。ふと気づくと人が入れ替わって別の会話になっている。何やら明確には語られない真相とか裏の意味とかがありそうでなさそうで、多分じっくり解読すれば読めてくるのだろうけれど、そこまでするのも不自然だ。私としてはあえて深掘りせず、もやっとした違和感も含めてぼんやりと受け止めたい。

2015/03/14-14:00
桃園会「うちやまつり」
座・高円寺1/当日精算2500円(通し券5000円)
作:深津篤史
演出:空ノ驛舎
出演:はたもとようこ/森川万里/橋本健司/原綾華/阪田愛子/石塚博章/大本淳/大熊ねこ/小中太/橋本浩明/藤田かもめ/松㟢佑一/森本研典
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2015年03月08日

オパンポン創造社「オパンポン★ナイトvol.3〜曖昧模糊〜」

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気づいた時にはもう遅い、この言葉だけで僕の人生は語りきれる。
(チラシより)

 主に大阪で活動するオパンポン創造社。主催で脚本と演出を務める野村有志は限りなく全裸に近い半裸のスタイルが定番になっており、ビジュアル的には完全にふざけた下ネタ団体にしか見えない。正直あまり好みのスタイルではないと思っていたため、王子小劇場で公演(私は支援会員なので無料で観られる)と聞いても食指が動きませんでした。

 が、直前に縁があって(ありていに言うと西川さやかにTwitterで誘われたので)足を運んでみたところ、意外にちゃんとした芝居になっていたので驚いた。冒頭から殿村ゆたかが快調に飛ばす。ダメなおっさんを演じさせたらピカイチだろう。短編4つかと思ったら実は全体で繋がっているなど、構成もきっちり作り込まれていた。

 東京にも同じような作風の劇団があるだろうと思うが、しかし挙げてみようとしてもあまり出てこない。大阪風の笑いというよりオリジナルな作風と言っていいだろう。なかなかメジャーにはなりにくいだろうが、ぜひ今後も頑張ってほしいと思う。

2015/03/08-13:00
オパンポン創造社「オパンポン☆ナイト vol.3 曖昧模糊」
王子小劇場/当日精算3000円
脚本・演出:野村有志
出演:野村有志/池下敦子/浅雛拓/西川さやか/ジョニー大塚/殿村ゆたか
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2015年03月07日

タテヨコ企画「土に寝ころぶ女たち」

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誰だって一度ぐらい考えたことがあるだろう。何をやっても無駄なのだと。でもだからって、本当に何もしないのは勇気のいることだ。あがいて、もがいて、何も生まれなかったとしても、そこには何もなかったわけじゃない。
すべてが遺跡になるわけじゃない。
あったのだ。確かに。ここに。
(チラシより)

 “さる農法の実践者”を慕う主婦たちが集う農園の集会場のような場所が舞台。入れ替わり立ち代わりメンバーやメンバーじゃない人がやってくる。遠くの都会からたまに来て趣味的に農業をやっている人や、近所のお寺から手伝いに来ている若いお坊さんたちや、新しく来た人、やめていく人、続けている人。

 人が集まるところには暖かさと共にいざこざも生まれる。昔はひどい目に遭わされたといった話も出てくる。初々しい若者カップルもいれば、離婚の危機を迎えている夫婦も。しかし全体を通じて大きなストーリーがあるというわけではなく、淡々と(時にバタバタと)時が流れていく。

 中心人物である「堀内さん」が来るはずなのにいつまでも現れないあたりは、ゴドーを意識したのでしょうか。起承転結を追いかけるのではなく、その空間を味わうタイプの芝居でした。ぼんやりと、時にハラハラしながら堪能しました。

2015/03/07-19:00
タテヨコ企画「土に寝ころぶ女たち」
SPACE雑遊/当日精算3200円
作・演出:横田修
出演:青木シシャモ/市橋朝子/舘智子/西山竜一/久行しのぶ/向原徹/遊佐絵里/井上太/岩倉真彩/北村延子/小林至/代田正彦/武田祐美子/田代尚子/林大樹/原口健太郎/森下なる美
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ラズカルズ「トップノート ミドルノート ラストノート」

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香水は時間の経過により、香りが変化するように作られる。肌につけた瞬間からニュアンスは変化を始め、汗や体臭と混じり合うことで様々な表情が生まれるのだ。
その女は調香師だった。殺害現場に物証は無く、香水のレシピの記されたノートが消えており、匂いだけが残されていた。
事件の担当となったのは、裏の世界と癒着のある悪徳刑事。容疑者として浮上したのは、調香師と密接な関係にあった暴力団幹部。
事件を嗅ぎ回る野心的なルポライターが、困難の果てに掴んだ真実とは。そして「輝きの国」とは一体。
ラズカルズ渾身のサスペンスコメディをどうぞご期待ください。
(チラシより)

 匂いを舞台上の演出で使うのはかなり困難だと思われるが、あえてそれをテーマにしたのは面白い。しかし期待したほどその設定は生かされていなかったように想う。まあ、薬としての側面を使ったのだろうけど、せっかく香水とするならもっと華やかな雰囲気が出せればよかったと思う。

 悪徳刑事、暴力団、宗教団体、ルポライターと、いかにも怪しげな面々が入り乱れて展開するサスペンスだが、説明セリフが多すぎた。そして一番残念なのはサスペンス面の結末が首を傾げるようなものだった点。

 コメディとしてはまあまあだった。しかしサスペンスとのコントラストがやや不明瞭だったため、どっちつかずな作品になってしまったように感じた。

2015/03/07-14:00
ラズカルズ「トップノート ミドルノート ラストノート」
サンモールスタジオ/当日清算3500円
脚本・演出:松本たけひろ
出演:小豆畑雅一/川崎裕也/熊坂貢児/酒井俊介/佐藤宙輝/高岡純/田村舞/手塚けだま/林真也/前田剛/村上和彦/山田健太郎/与古田千晃
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2015年02月28日

MONO「ぶた草の庭」

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みんなもうすぐ死んじゃうね。
人は希望を抱くから苦しむの?
絶望の中、それえもこれは喜劇なのだ。
(チラシより)

※タイトルとチラシのコピーだけでは内容がほとんどわからないため、以下はネタばれに相当するかもしれません。ただ状況のほとんどは序盤で明らかになります。

 とある伝染病の患者が隔離されている島。有効な治療法はまだない。患者は島から出られず、定期的に物資を届けに来る係員とガラス越しに会話することが外界との唯一の接点となっている。患者は体のどこかに赤い斑点があり、それが紫や黒に変わると死ぬらしい。ある日、島に新しい患者が連れられてくる…

 不治の病への感染、突然奪われる幸福、無責任な政府の対応、世間の差別や恐怖心との戦いなど、描かれている情景はひたすら悲しく理不尽でつらいことばかりだ。しかしそれを喜劇にしてしまえるのだから、MONOと土田英生の手腕は素晴らしい。小気味良い会話劇を通じて、言うべきことと言わなくていいこと、受け入れるしかないことと受け入れてはいけないことなどが丁寧に描かれる。

 近年もハンセン病患者への差別が問題になったことを思うと、実際にこういう病気が発生したらやはりここで描かれたようなことは起こるだろう。エボラやSAASが流行したことも記憶に新しく、決して他人事ではない。また、病気だけでなく移民への差別も表現されており、これもリアルな印象だ。

 とはいえ、実際の出来事との単純な対応は注意深く避けられており、露骨に“社会派”な作品ではない。極めてリアルな感触だが純粋にフィクションで、このあたりのバランス感覚も優れていると思う。

 ゲラゲラ笑えるような話ではないが、「それでもこれは喜劇なのだ」。

2015/02/28-15:00
MONO「ぶた草の庭」
ザ・スズナリ/事前入金4200円
作・演出:土田英生
出演:水沼健/奥村泰彦/尾方宣久/金替康博/土田英生/山本麻貴/もたい陽子/高阪勝之/高橋明日香/松原由希子
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2015年02月14日

鵺的「丘の上、ただひとつの家」

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おかあさん
育てる気がないなら
なぜわたしたちを産んだのですか
家族を知らないわたしたちは
ぼんやりとした幸せと不幸をかかえたまま
たださまよいつづけるしかないのですか

わたしの母は妻子ある父とつきあって自分を産み、後に別の男性と結婚して弟たちを産んだ。なので父方と母方に兄弟がある。母はわたしを祖母のもとに置き、戸籍の上では自分の弟ということにして嫁いだ。現在、高木姓を名乗っているのはひとりきりである。

母や母方の弟たちとは交流がある。彼らは「兄貴はかわいそうだ」と言う。自分がかわいそうかどうかはわからないが、家庭自体が崩壊、もしくはないということが世間的には同情の対象であることはわかる。が、はじめからそれが普通だったのだから、自分にとっては何が欠けているわけでもない。この感覚はじっさいにそういう立場になってみなければわからないだろう。

父とはほとんど交流がなく、二〇代の終わりに電話でいちど話したきりだ。電話口の父は人間的でユーモアも解する男性のようだった。それ以上のことはわからない。

祖母が亡くなったとき、父に会えと忠告してくれる人があった。だがけっきょく自分は会わなかった。家族がないのは哀れなことかもしれないが、しがらみのない自由がある。自分は自由を取った。

もしも会いに行っていたらどうなっていただろう。向こうのきょうだいたちはどんな顔をしただろうか。どんな顔をして会うのか、どんな顔をして迎えるのか。何を話すのか、話さないのか。家族を求める人びとの姿に迫ってみたい。自分のしなかったことをする人びとを書いてみたいと思う。
(チラシより)

 一人のひどい女性を中心に、彼女が産んだ子供たちの苦しみや過去の陰惨な出来事が描かれる。テーマは虐待とか育児放棄かと思いきや、そんな普通のレベルではないドロドロにすさんだある家族の物語。いや、もはや家族と呼べるかどうかすら怪しい。

 一般的な家族ドラマは自分と重ねづらいのであまり好きではないが、この作品は極端すぎるため逆にエンターテイメントと割りきって観ることができた。そういう意味では面白かった。ただ、多少なりとも家庭に問題を抱えてる人や、子供を中絶したことのある女性には、きつい話かもしれない。

 上記のように作者自身の境遇を題材にしているようではあるが、作者も私も男であって子供を産むことはない。自分の子供を作ることはあっても、お腹を痛めて産む女性とはどうしても感覚が違うだろう。女性がこの話をどう観るか、聞いてみたいと思った。

2015/02/14-19:30
鵺的「丘の上、ただひとつの家」
SPACE雑遊/当日精算3200円
脚本・演出:高木登
出演:井上幸太郎/奥野亮子/宍戸香那恵/高橋恭子/生見司織/平山寛人/古屋敷悠/安元遊香
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風琴工房「penalty killing」

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 月光市のアイスホッケーチーム「月光アイスブレーカーズ」のメンバー達の様々な葛藤と氷上の熱い試合を描く。実在のプロアイスホッケーチームである日光アイスバックスを描いた『アイスタイム』という本からインスパイアされて書かれたとのことなので、近いうちに読んでみようと思います。

 物語はそんなに特別なものではなく、あるチームに所属する選手たちの人生とか友情とかライバル意識とか勝利への希望とか家族のこととか、もろもろの想いを乗せて燃える男たちがリンクで火花を散らすという感じ。こう書くとありがちなスポ根もののようですが、そこはやはり風琴工房の舞台です。どのキャラクターも実にしっかり描きこまれ、それぞれに感情移入してしまい、試合シーンは燃えます。

 対面客席を組んだザ・スズナリの舞台上に丸いリンク。実際のアイスホッケーで使われるリンクの広さに比べたら極めてこじんまりしたスペースなので、どうやってこんな場所でホッケーを表現するんだろうと思いましたが、流石の演出手腕でなんらスケールを小さく感じさせることなく、激しい試合が表現されていました。

 アイスホッケーは米国ではかなりメジャーなスポーツらしいのですが、日本ではまだ人気も知名度も低いのが実情です。私も「氷上の格闘技」という異名くらいは聞いたことがありますが、ルールもそんなに詳しくは知りませんでした。最初に用語説明がありましたが、大半は初耳でした。しかしこの舞台を観て急に関心が湧いてきました。一度くらいは観戦に行ってみたいと思います。

2015/02/14-14:00
風琴工房「penalty killing」
ザ・スズナリ/事前振込3800円
作・演出:詩森ろば
出演:粟野史浩/森下亮/筒井俊作/浅倉洋介/大石憲/岡本篤/金丸慎太郎/金 成均/久保雄司/後藤剛範/酒巻誉洋/佐野功/杉木隆幸/野田裕貴/三原一太/五十嵐結也/岡本陽介/草苅奨悟
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2015年02月11日

タカハ劇団「わたしを、褒めて」

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――わたし、褒められるためだったら、人を殺したっていい!!!

都内某所のアパートで、一人の女優が死んでいた。
彼女はなぜ死んだのか。真実は、稽古場にある。

東京の片隅の、どこにでもある、
誰にでも住めるようなアパートの一室で、
一人の女が死んでいた。
一見して彼女の素性は知れなかったが、
遺品から、この女が女優だったことがわかる。
彼女の部屋に散らばる無数の公演パンフレットから、
舞台『楽屋』パンフレットを拾い上げ、刑事が言う。
「あ〜この人か! 知ってる知ってる、
俺テレビでなんどか見たことある!」
そういった刑事の持つパンフレットをのぞき込んで、
もう一人の刑事が言う。
「あー……俺ちょっとわからないっすねぇ」
彼女は、そんな女優だった。
(チラシより)

 演劇の中で演劇を扱うと内輪ネタのようで好きではありませんが、この作品は別格でした。本作で劇中劇として登場する「楽屋」という作品は実際にかなり多くの劇団が上演している定番戯曲で、これ自体がさらに劇中劇を持ちますが、本作全体もまた劇中劇の体裁をとっていました。一番メタな部分は必要あったのかよくわかりません。

 演劇の舞台裏がどんなものか私は知りません。恐らく本作は相当に誇張したものと思われますので真に受けるわけではありませんが、人間ドラマとしては多分そういうこともあるんだろうなと思われます。実力の世界なだけにドロドロした部分はなくせないでしょう。

 過去にドラマがヒットした女優を起用して話題性を持たせるという、いかにも商業演劇的なキャスティングがとんでもない事態を引き起こすのですが、この芝居そのもののキャスティングは見事なまでにはまっていました。

2015/02/11-14:00
タカハ劇団「わたしを、褒めて」
駅前劇場/事前振込3900円
脚本・演出:高羽彩
出演:千賀由紀子/異儀田夏葉/江原由夏/水木桜子//高野ゆらこ/古木知彦/神戸アキコ/後東ようこ/結城洋平/山田悠介/眼鏡太郎/久保貫太郎
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2015年02月08日

ユニークポイント「フェルマーの最終定理」

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17世紀、フランスの数学者ピエール・ド・フェルマーが「この定理に関して私は真に驚くべき証明を見つけたがこの余白はそれを書くには狭すぎる」と書き残したフェルマー予想は、その内容の簡潔さゆえ、何人もの数学者やアマチュア研究者が証明に挑みましたが、なかなか証明されませんでした。1993年、イギリス生まれの数学者アンドリュー・ワイルズは秘密裏にこの証明を研究し、1995年、誤りがないことが確認され、ついに最終決着となりました。証明まで実に360年もの歳月を要したのです。本作「フェルマーの最終定理」は、ワイルズがフェルマー予想を証明する歴史的講義に立ち合った、若き日本の数学者たちを巡る物語です。
(チラシより)

 フェルマーの最終定理が証明されるまでのエピソードについてはサイモン・シンの書いた本を読んでいますが、証明自体の内容はほとんど理解できませんでした。理解できる人は極めて少数でしょう。

 従ってこういうテーマで一般向けの作品は人間ドラマが中心になるものですが、驚いたことにユニークポイントはかなり数学を全面に押し出した戯曲で攻めてきました。もちろん人間ドラマも多分に含まれているのですが、後半は延々と数学の議論が続きます。

 何を言ってるか全然わかりませんが、数学者たちが嬉々として議論している姿を眺めているだけでなんとなく嬉しくなってくるから不思議です。実際に、優秀な数学者たちが360年もかけて戦った問題との決着がつく瞬間に立ち会うというのは、果たしてどんな気持ちだったのでしょうか。

 それにしても、この戯曲を書いた人もセリフを覚えて演じている人も、多分実際に理解できているとは思えないわけで、よくもまあ見事に書いて覚えて演じられるものだとつくづく関心しました。

2015/02/08-13:00
ユニークポイント「フェルマーの最終定理」
シアター711/当日清算2800円
脚本・演出:山田裕幸
出演:洪明花/北見直子/古市裕貴/ナギケイスケ/古澤光徳/平佐喜子/ヤストミフルタ
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2015年02月07日

エビス駅前バープロデュース「T OF N」

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 Mrs.fictionsの中嶋康太が脚本を書いて同団体が主催する企画「15 minutes made」で上演された作品を、mielの金崎敬江の演出によりエビス駅前バーで上演するというもの。もともと独立していた3作品をオムニバス的に繋いでおよそ1時間余りの作品となっています。

「東京へつれてって」
「天使なんかじゃないもんで」
「お父さんは若年性健忘症」

 このうち「東京へつれてって」と「お父さんは若年性健忘症」は15 minutes madeの際に観劇しましたが、「天使なんかじゃないもんで」は初見です。全体に、ダメなところが多いけど前向きに生きてる人たちがたくさん登場するハートフルストーリーです。

 金崎敬江が主催と演出を手がけるmielの舞台も何度か拝見していますが、白い衣装が好みの様で、今回も大部分が白かアイボリーの衣装で統一されていました。全体のイメージがそれで方向付けられて綺麗です。

 ただ、話の中では制服やスーツなど特定の服を着ているはずなのに白い衣装のまま言葉で説明されているところがあり、そこはやっぱり実際に衣装を着てほしいなと思いました。好みというかスタイルの問題なのでしょうが。

 3作を繋げたことによる効果的な演出として、登場人物が黙りこんでしまう(言葉が出てこない)場面で、別の作品の象徴的なセリフが挿入されるというものがあり、これは虚を突かれてゾクゾクしました。

2015/02/07-19:00
エビス駅前バープロデュース「T OF N」
エビス駅前バー/当日清算3000円
脚本:中嶋康太
演出:金崎敬江
出演:酒井香奈子/荻山博史/田中千佳子/永山盛平/斉藤麻衣子/大沼優記/萱怜子/赤澤涼太
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DULL-COLORED POP「夏目漱石とねこ」

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「吾輩は、夏目家三代目の猫である。名前はやっぱり、ない。初代はともかく、二代目、三代目と名前をつけぬ。家人も誰も構ってくれない。放っといてもらう方が気が楽だから不満があるでもないのだが、一体全体、飼う気があるのか、甚だ疑問だ。
この間など、よしここは一つ愛玩動物らしいところを見せてやろうと、主人の膝の上で甘えてみた。すると「抜け毛が酷い、病気だろう。クロロホルムでも嗅がせて殺してやった方が苦しまなくて幸せだ」などと言う。全く人間ほど不人情なものはない。殺されるのも癪だから、せっせと食事し運動して病気を治した。すると今度は主人の方が体を壊して寝込んでしまった。どうやらそろそろ死ぬらしい。身勝手な奴である。
胃病だから食事を控えろと言うのに、人の目を盗んで布団を這い出て、戸棚からジャムを舐めたり、お見舞いの饅頭を盗み食いしたりと子供のようだ。そうして隠れて食っておいて、五分と経たず血と一緒に吐き出して、余計に体を弱らせている。ご夫人が心配してたしなめると、怒髪天を突く勢いで怒鳴り散らす。弱っているので怒鳴るだけだが、吾輩はよく知っている。昔はよく殴っていたものだ。ご夫人や、子供らを。
こんな奴でも死ぬとなると、先生、先生と言って人がぞろぞろ集まってくる。誰も彼も、この男の正体を知らぬらしい。日本を代表する国民的作家、漱石先生と呼ばれているが、何のことはないただの人だ。いいや、人より、さみしい人だ。誰よりもさみしい、一人ぼっちの。そこは吾輩が一番よく、知っている」──

知ってるようでよく知らない、夏目漱石の人となり。三十代半ばで文学者に転身し、孤独、軋轢、すれ違い、そして三角関係の恋を描き続け、どうにかこうにか「さみしさ」を生き抜いた心の奥底を猫と一緒に覗き込む、DULL-COLORED POPの最新作です。
(チラシより)

 全体にとても静かな舞台だ。効果音や音楽は最低限に抑えられ、眠くなる観客も一定数はいるだろう。集中してしっかり観るというより、雰囲気のいいバーの環境映像として大きなディスプレイで流しておくのに適したようなビジュアルだった。

 夏目漱石は膨大な作品を残しているが、本人の人物像はあまり知られていない。いや知っている人は知っているのだろうが一般にそれほど明確なイメージはない(逆の例が太宰治や三島由紀夫だろう)。本作品には起承転結といえる展開はなく、淡々と彼の人生が断片的に描かれていく。

 最初に漱石が死にかけている場面から始まるので、全体が彼の見ているいわゆる走馬灯のようなものだと思われる。描いているのは彼の人間性とか本性とかルーツとか、語られることなく浮き上がってくる。

 死の床から若い頃幼い頃へとさかのぼる順序に構成することで、意図的に物語性を排除して人物像を描くことに集中したのだろう。それはそれで奏功しているものの、最初は筋を追おうとしてしまったため、観る姿勢を定めるのに少々手間取った。

2015/02/07-14:00
DULL-COLORED POP「夏目漱石とねこ」
座・高円寺1/事前振込4000円
脚本・演出:谷賢一
出演:東谷英人/塚越健一/中村梨那/堀奈津美/百花亜希/若林えり/大西玲子/木下祐子/西郷豊/榊原毅/佐藤誓/西村順子/前山剛久/山田宏平/渡邊りょう
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2015年01月31日

モダンスイマーズ「悲しみよ、消えないでくれ」

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妻を失った男が、妻の実家に居候。
分かち合おう、悲しみを。
癒し合おう、悲しみを 。
乗り越え合おう、悲しみを。
しかし妻の妹は男を見て思っていた。

「この男は違う。この男は、悲しんでいない」

そこは雪深い山荘 ―。
(チラシより)

 2年前に死んだ恋人の父親と妹と共に山荘で暮らす男。妹がふもとに引っ越す前の送別会を兼ねて、死んだ姉を偲ぶために集まったのは、かつての登山部仲間とボランティア夫婦。しかしゆっくりと様々な過去が顔を出し、きれいごとではない人の素顔がさらけ出されていく。

 ドロドロした人間関係を描いているようでいて、むしろ人の「弱さ」が主題だったのかもしれない。主人公は誠実な青年のように見えて、実はだらしなくみっともない男であることがどんどん暴かれていくのだが、悪人というわけではなくあくまでも「残念な男」なのだ。ある意味ひどい男だが、見苦しく許しを乞う姿は嫌悪感より憐れみを感じる。

 不倫している男女やそれを責める夫、登山家のプライドを捨てた自営業の夫婦、夢を語るばかりで何もできていない後輩など、他のキャラクターも皆一様に弱さを露呈してグチャグチャになっていく。唯一そうでない妹は冷静に彼らを見つめ、自分がこれから踏み出す生活への覚悟を決めているようだ。

 山荘を模した細長い舞台をコの字型の客先が囲む三面舞台。見づらいということはなかったが、側面からの観劇になったため一部表情が見えない場面もあった。あのシーンで、彼らはどんな顔をしてたんだろうか、気になった。

2015/01/31-15:00
モダンスイマーズ「悲しみよ、消えないでくれ」
東京芸術劇場シアターイースト/事前入金3000円
作・演出:蓬莱竜太
出演:古山憲太郎/津村知与支/小椋毅/西條義将/生越千晴/今藤洋子/伊東沙保/でんでん
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2015年01月25日

ナイスコンプレックス「鬼のぬけがら」

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昔々ある所で、ある少年が、ある物語に出会った。

人里離れたアラハマに住む青年は、「働かなくても贅沢をして暮らせるだけの銭や物が欲しい」と思っていた。仕事を放り出し、山へ逃げ込んだ青年は、ある晩、異様な光景を目撃する。
杉の大木にしがみついた青鬼の背中が割れ、脱皮を始め、見る見るうちに赤鬼になったのだ。
青年はその抜け殻を盗んで着込み、村で悪事を重ねる様になる。
ところが、いざ抜け殻を脱ごうとすると、どうしようにも脱げなくなり…。

甘えたくて甘えたんじゃない。好きでここに居る訳じゃない。
俺だって、わたしだって・・・。
誰だって楽がいい。でも9があるから10になる。
いつの間にか着てしまったこの鬼がらは、どうしたら脱げるんだろう?
いつまで悲しいの?いつまでも可哀想なの?どうしたらそうじゃなくなるの?

これは、いつの間にか着せられたレッテルを脱ぎ捨てる、そんな物語。
(チラシより)

 東北出身だが震災の時は東京で働いていた主人公の青年フリージャーナリストは、地元を取材して記事を書く。しかし被災地は故郷であるが自分は被災者ではなく、ずっと地元にいる人々との間には見えない壁がある。さらに、被災地に残る父母は周囲と問題を起こして疎まれているという状況だ。父の書いた童話を頼りに、そこにある真実と真意と、自分の拠り所を探っていく。

 東日本大震災の被災地における人間関係の暗い部分を取り上げており、4年近く経つ今だからこそ書けたのだと思う。天災とはいえ、生き残った人々の生きる努力は生臭いものであり、きれいな話ばかりではない。それを含めてもなお救われるものはあるということだろう。

 童話の世界と現実が交錯する様子が幻想的に仕上がっていた。対面客席のため演技スペースはかなり狭かったはずだが、狭さを感じさせない広がりのある舞台だった。

2015/01/25-17:30
ナイスコンプレックス「鬼のぬけがら」
OFF・OFFシアター/事前振込3500円
作・演出:キムラ真
出演:末原拓馬/森田陽祐/早野実紗/神田友博/大久保悠依/赤眞秀輝/荒賀弓絃/榎本舞/金谷優里/小林和也/中神芽依/根本沙織/濱仲太/深津紀暁/前田勝/キムラ真
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とくお組「光沢のある赤いスイッチ」

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その赤い存在(やつ)には、まだ誰も気づいていない。
渋谷のとある瀟洒なマンションで、たいして若くもないクリエイターたちがルームシェアをしている。

クリエイターといっても具体的に何かを生み出している様子はなく、そこにオシャレな生活以上のものはない。 集まったところで良い化学反応など起こらないし、かといって独りでいると何も前に進んでないような 不安にかられて気が狂ってしまいそうなので、とりあえずリビングの3Dプロジェクターで三国無双をやるというのが彼らの現実。 それでも、いつか自分の表現で世界を変えてやるんだという意気込みだけはまだ残っているようで。

そんな彼らの部屋の片隅には、今まで誰も気に留めなかった一つの赤いスイッチがある。 そいつと、その周囲を観察していくうちに、待てよ、これは世界を一瞬のうちに変えてしまう、 あの有名な、危ない感じのスイッチではないか、そう思えてきたのだった。
(チラシより)

 ウェブデザインとかアプリ開発とかを手がけるクリエイターとかプログラマー達が集まる職場兼住居。世界を変えるなどと大きなテーマを掲げても、やってることはホームページ開発の請負いやLINEスタンプ作成など、地味な仕事だ。

 ちょいちょい現れる先輩たちに気を使わなければならなかったりするのは普通の会社と何も変わらない。会社ができて十年くらいでも、もう「昔話をする先輩」は現れる。そして後輩はとりあえず先輩を持ち上げておかないといけない。むしろその様子が強調されすぎて、一歩間違えると宗教団体のような気持ち悪い集団になりそうな気配すらあった。

 そんなオフィスの柱についている「光沢のある赤いスイッチ」は、どうやら国際政治にすら影響を与えるとんでもないスイッチらしいのですが、はっきりとは語られません。あの先輩は奥の部屋で何をしていたんだろう。訪れた男は何者だったのだろう。もやもやした状態で幕を閉じます。

 それはともかく、IT系の職場ってやっぱりあんな感じなんでしょうか。あるいは作者のイメージだけなのか、ちょっと気になるところでした。

2015/01/25-12:00
とくお組「光沢のある赤いスイッチ」
ギャラリー・ルデコ/当日精算3500円
作:徳尾浩司
演出:篠崎友
出演:篠崎友/堀田尋史/鈴木理学/柴田洋佑/上田航平/豊永英憲/山中雄輔/加藤啓
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2015年01月24日

劇団あおきりみかん「身辺生理」

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 −僕、あることを確かめたくて、身辺「生」理してるんです。

峰岸は、30代の男だ。
峰岸は、身辺整理を始めた。
思い出の品を捨て、彼女とも別れ、
遺影用のすてきな写真を用意した。
日記も、書いた先から破り捨てている。
病気もなく、至って健康である彼は、
何故、こんなことをしているのか。
「人間は、生まれた時から死ぬために生きている」
そう言い残して死んでしまった、
親しい友人の面影を求めて。
(チラシより)

 あらすじだけ読むとなんだか暗いシリアスな話のようだが、あおきりみかんの作品でそんなわけがなく、ハートフルな物語だ。主人公とその友人に何があったのか、彼が何を思って身辺整理をしているのか。謎めいたエピソードがにぎやかにコミカルに語られ、少しずつ真相が明らかになっていく。

 持ち物を容赦なく捨てていく主人公の部屋が舞台になるが、片付け中で散らかった場面ときれいに整理された回想シーンの転換が秀逸だった。普通なら暗転して切り替えるところだが、ダンスを交えて巧みに片付け、そして散らしていく。あおきりみかんは昔からあまり暗転を使わなかったと思うが、こういうスタイルはもっと普及してもいいのではないかと思う。

2015/01/24-19:00
あおきりみかん「身辺生理」
シアターグリーン BOX in BOX THEATER/当日精算2800円
作・演出:鹿目由紀
出演:松井真人/山中崇敬/カズ祥/花村広大/篠原タイヨヲ/ギャバ/川本麻里那/近藤絵理/真崎鈴子
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鳥公園『空白の色はなにいろか?』

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光が射し込んで、明るい部屋が燃えます。拍手と笑顔の誕生日が灰になる。
祖先になるために生きるというマダガスカルの民族に会いたくて、決死の覚悟で部屋を出た。

もちろんまた帰るつもりでした。
帰ったらもう一生、温かい部屋で穏やかに過ごすつもりでいました。

しかし帰ると、部屋がない。
モノも家族も何もなく、ただ空白が広がって、親切な人が教えてくれた。

「あなたの部屋は蒸発したよ」
・ ・ ・・ ・ ・・ ・ ・
五月からつくり続けてきた「空白の色はなにいろか?」最終公演。
最近はすっかり「自然」に飽いてしまって、人の身体の使い方、声の出し方、喋り方、それらをいかに工作して遠くへ行けるかばかり考えています。
私たちが「自然」だと思っているもの、「人間」だと思っているものの、拡張、凝縮、増幅、さまざまな変形を探します。
(チラシより)

 上記のコピーでは内容がまったくわかりませんので補足。ある日突然失踪した夫を待つ妻のところへ、謎の女が訪ねてくる。夫の不倫相手かと疑うが、女はのらりくらりと意味深なことを繰り返すだけで、夫の居場所は明かさない。確かに夫は妻に黙って借りた部屋で女と過ごしていたが、愛人とかいう様子ではない。二つの部屋が交錯し、様々な時間が交錯し、失踪の真意は藪の中。

 60分程度の短編で出演者は3人だけで、上下に作られた舞台装置はなかなか工夫されている。照明もうまく作られていて、しっかりと世界を構築していた。

 しかしとにかく肩がこる芝居だった。座席に背もたれがなかったせいかもしれないが、観ている間ずっと全身にひどい疲労感があり、終演後は首やら肩やら関節がバキバキ鳴りまくるはめに。内容は決してきらいではないのだが、体に合わなかったのかもしれない。せめて背もたれのある椅子だったらよかったのに。

2015/01/24-14:00
鳥公園「空白の色はなにいろか?」
STスポット/当日精算2800円
作・演出:西尾佳織
出演:浅井浩介/武井翔子/西山真来
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