「劇王II」
長久手町文化の家
04/01/31-02/01
[A-1]梅緒咲紀子「over spilt milk」
演出:梅緒咲紀子
出演:多田木亮佑、上田定行
[A-2]くらもちひろゆき「花の命は短くて」
演出:佃典彦
出演:二宮信也、ヒート猛、吉岡弘
[A-3]山田健司「チューズデイ」
演出:月面コレクション
出演:山田健司
[A-4]久川徳明「ツキのあかりの、そんなヨル」
演出:久川徳明
出演:ティナ棚橋、相良真、松田泰基、佐々木和代
[A-5]品川浩幸「元パパ」
演出:品川浩幸
出演:藤元英樹、寺西栄美
[B-1]刈馬カオス「インスタント・セックスフレンド」
演出:刈馬カオス
出演:西尾知里、渡辺真輔
[B-2]徳留久佳「ボルシチと針金」
演出:徳留久佳
出演:栗木巳義、斎藤やよい、山積わたしも、向原パール
[B-3]瀬辺千尋「たみちゃんの西瓜」
演出:瀬辺千尋
出演:岩木淳子、小関道代、段丈てつを、長江ヒロミ
[B-4]平塚直隆「爆笑王」
演出:平塚直隆
出演:江口健、関戸哲也、中尾達也、丹羽亮仁
[B-5]キタミコマエ「ストレート・ステッチ」
演出:斎藤敏明
出演:纐纈麻子、成瀬亜季、よしもりゆきこ、かわかたみかこ
20分の短編芝居十編が前回の覇者に挑戦する。優劣を決めるのは観客による投票。初日は全部観たが二日目は行かなかったので、杉本作品は観ていない。
劇作家協会が主催する企画なので、評価の対象はあくまで劇作家(つまり脚本)なのだが、観客が脚本の良し悪しを判断するのは難しい。それは能力ではなく情報の問題だ。普通の観客は脚本自体を読んだりしないので、舞台上で演じられる芝居を観て判断するしかない。だがそれは脚本に演出や演技が加わってできた作品の全体像であり、その中から脚本による要素だけを取り出せと言われてもまず不可能だ。つまり結局のところ投票は作品に対して行われたと捉えるべきだろう。
初日の投票結果を以下に示す。メモし忘れたので、2chに書かれていたデータを借用した。一般客票の総数がAとBで異なるため各プログラム内での得票率をカッコ内に付記した。
劇作家 一般客票 ゲスト票 合計
梅緒 24(13%) 13(14%) 37(14%)
くらもち 45(25%) 30(33%) 75(27%)
山田 18(10%) 10(11%) 28(10%)
久川 12( 7%) 11(12%) 23( 8%)
品川 83(46%) 27(30%) 110(40%)☆
刈馬 26(11%) 47(52%) 73(22%)
徳留 38(16%) 8( 9%) 46(14%)
瀬辺 58(24%) 7( 8%) 65(20%)
平塚 97(41%) 24(27%) 121(37%)☆
キタミ 19( 8%) 4( 4%) 23( 7%)
各プログラムで勝者となった品川作品と平塚作品は、いずれもコメディでかなりの笑いを得ていたものであり、この結果はほぼ予想どおりだった。なぜなら、進行役(赤井俊哉)のトークやオープニングの余興も基本的に笑いを取ることを目指した演出であり、イベント全体を支配する空気は“面白いものが勝ち”になっていたからだ。個々の芝居を単品で上演して観客に“絶対的な満足度”を尋ねたら、違った結果になっていたかもしれない。
冷静に考えれば、ジャンルを統一しない作品間で優劣を決めること自体がそもそもナンセンスだ。しかしそのことは主催者や参加者も充分理解した上で、お遊びとしてこのイベントは実施されている(と思う)。だから、この結果がそのまま劇作家の優劣を表しているとは誰も考えないだろう。
さて、個人的には自分がまだ“普通の観客”の視点を失っていないことが確認できて安心した。実は最近、あまり多くの作品を観ていると視点が歪んでくるような不安が沸いてきていたのだ。でもまだ大丈夫らしい。
これに対して普通の観客の視点ではない人達もいた。ゲストの3名(ラサール石井、銀粉蝶、安住恭子)だ。もちろん彼らの視点が歪んでいるとは言わないが、Bグループにおいて一般客票とゲスト票がまったく違う傾向を示したのは特筆に価する。一般客票で5作中4位だった刈馬作品が、ゲスト票ではダントツの1位になっている。これは何故か。
聞くところによるとゲストも一般客に混じって普通の客席で観劇していたそうだから、得られた情報に差があったわけではない。つまり、例えば脚本自体を読みながら観劇していたとか、ビデオで繰り返し見て検討したとか、そういうことではない。二日目には各作品についてゲストが詳しく語ったとのことなので、それを聞けばもっとよく理解できたかもしれない(聞いた人のフォロー求む)。
プロとアマの視点の違いとか、東京と名古屋の文化の違いとか、たまたまこの3人の嗜好が偏っていたとか、いくらでもそれらしい説明はできる。だが何にしても、別にゲストの出した答が正解と言うわけではない。と同時に、一般客の票が多かったからと言って今後も同じような作品を作りつづけることが是とは限らない。
色々な作家がいて、色々な役者がいて、色々な芝居がある。当たり前のことだが、並べて見せられると本当にそのとおりだと気づかされる。いわばメニューリストとしての短編集だ。今回長久手まで観に行って得られた一番の収穫は、名古屋の演劇のバリエーションが充分に豊かであることを確認できた点だったのかもしれない。