一方その頃、国際政治オタクのゲームクリエイター杉村は、自作のゲームを売込むべくプレゼン会場に押しかけ、その中身を説明しはじめる。それは戦争を回避するために日本の行く末を選ぶゲームだった‥‥
「博士の異常な愛情」という映画に触発された舞台。この映画は私のお気に入りのひとつで、映画館でリバイバル上映されたのを見たし、ビデオも持っている。初めて観た時の衝撃は今も覚えている。エンドロールが終わってもしばらく立ち上がれなかったものだ。
しかし今回の舞台にはあの映画以上に圧倒された。米ソ対立という遠い世界を描いた映画と日本の現在を扱った芝居の違いという点が大きいだろうが、じわじわと何かを突きつけられる感覚があった。
気の触れた米軍将校が勝手に戦争を始め、政治家は必死でそれを止めようとする構図は映画と同じだ。しかしこの舞台ではもうひとつ、ゲームという要素が加わる。プレイヤーが政治的な判断を下して日本の将来を決めるというゲームの描写が、次第に現実の政治家たちと混ざり合い、プログラマーの手を離れて暴走する。
ゲームの場面では、極端に左寄りの道と極端に右寄りの道がいずれも滑稽に演じられる。ぼんやり観ていると政治的メッセージ性の強い作品と勘違いしかねない。しかしこの作品が伝えようとしているのは政治ではなく社会、あるいは個人の意識の問題だ。どちらを選択するかではなく、選択するとはどういうことかを問いかけてくる。
そのテーマを象徴するように、舞台装置はドア。たくさんのドア。すごくたくさんのドア。開くドアを決めるには覚悟が必要だが、覚悟がなくてもドアは開けなくてはならない。私は選べるだろうか? 選ばなければならない日は、いつ来るのだろうか?
2005/05/13-19:00
劇団B級遊撃隊「破滅への二時間、又は私達は如何にして『博士の異常な愛情』を愛するようになったか」
愛知県芸術劇場小ホール/当日券3000円
作:佃典彦
演出:神谷尚吾
出演:向原パール/山口未知/山積かだい/斉藤やよい/加藤裕子/佃典彦/池野和典/神谷尚吾/徳留久佳/江副公二
ドアが象徴してるってのは気が付きませんでした。言われてみればその通りで、あ〜なるほど!って思いました。流石です。