2011年11月12日

箱庭円舞曲「いつも誰かのせいにする」

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恥ずかしくありません?
そんな生き方していて。

自分のことは棚に上げて、
いつも誰かのせいにして、
たまに社会のせいにして、
最後は世界のせいにして。(後略)
(チラシより)

 舞台は映画制作会社。この業界の仕組みは知りませんが、映画を作る団体とそれを買ってプロモーションする会社は別の模様。頑張っていい作品を作っても宣伝が十分できなければお客は入らない。宣伝する為には資金と媒体が必要で、だからそれを持っているプロモーション会社の方が作り手より強い。もちろん作品も「売れる要素」を常に意識しつつ、芸術性とか主義主張といった側面と折り合いをつけなくてはいけない。そして制作には作家や役者だけでなく大勢の人が関わるものだから、人間関係も複雑になる。

 前半はそんな業界の実情を割とわかりやすく表現するような内容だが、それで終わるわけはない。この会社が作る映画はすでに何度もこけており、作品を買ってくれるプロモーション会社が見つからない。それでも経費はかかり、支払いは迫る。資金調達先はカタギだけでなくなっている…。

 全体としては好みの雰囲気を持つ作品だったが、一番重要な点がどうもよく理解できなかった。制作会社の女性プロデューサー(片桐はづき)が、テキパキと仕事をしているように見えるが実は諸悪の根源であるという所。映画好きな青年…と見せかけて実は金を貸しているヤクザから送り込まれた男(須貝英)が彼女を責め立てるシーンがあるのだが、彼女の何がいけないのか、彼女自身と同じように私にも解らなかった。そしてラスト近く、彼女が必死で自己弁護する場面、どうしてみんなジッと彼女を見ているのか。

 また、最初のシーンも何らかの伏線になっていると思うのだが、どこにどう繋がっているのか解らなかった。何かうっかり見落としたのだろうか…。指摘されたらとても簡単なことだったりしそうで不安だが、できれば誰かに解説してほしいところだ。

2011/11/12-14:00
箱庭円舞曲「いつも誰かのせいにする」
駅前劇場/前売券3000円
脚本・演出:古川貴義
出演:須貝英/爺隠才蔵/片桐はづき/井上裕朗/村上直子/清水穂奈美/ザンヨウコ/小林タクシー/原田優理子/菊池明明/大谷幸広
舞台美術:稲田美智子
照明:工藤雅弘
音響:岡田悠
衣装:三木葉子
舞台監督:鳥養友美
映倫:山内翔
活弁:小野哲史
宣伝美術:Box-Garden House
イラスト:須山奈津希
記録写真:鏡田伸幸
制作協力:林みく

(チラシの言葉の全文)
恥ずかしくありません?
そんな生き方していて。
自分のことは棚に上げて、
いつも誰かのせいにして、
たまに社会のせいにして、
最後は世界のせいにして。

自分にも少しは責任がある、とは思わないのでしょうか?
何の負い目も感じないのでしょうか?
あなたは常に正しいのでしょうか?
こういう連中がはびこっているから、
世界はちっとも変わらないんだ。

なんて言い草が、既に誰かを悪者にしてしまっています。
結局私も、同じ穴のムジナだったというわけで。
困ったものです。

しかしながらこれは、
私たちに備わっている自己防衛技術だとも思えます。
人間にとって最大の防御は、攻撃ではなく、
身に降り掛かる火の粉を誰かに押し付けること。
そして無関係を装うこと。
誰かを批判し、問題をなすり付け、
環境が悪い世の中が悪いと愚痴を垂れ、
精神の均衡を保っているのです。
わが身の安全を確かめているのです。

気付いてるんです。
最も変わるべきは自分自身なんだ、ってことくらい。
気付いているのに、私たちはいつも、
何かに責任を押し付けてしまう。
自分のためならば、
いくらでも他人を悪者に出来てしまうのです。
素敵ですよね。

だから、あなただってきっと、
誰かから悪者扱いされている。
もちろん私も。
本当、素敵な世界ですよね。
一体、誰のせいなんでしょうね。



posted by #10 at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京観劇2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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