あの時彼女は、(チラシより)
全てのものを
持っていた。
生まれてすぐに全盲となった女性が、手術によって40年ぶりに光を取り戻す。その時彼女には何が「見える」だろうか。原案となっているのは、『妻を帽子と間違えた男』など脳神経外科の患者を描いたエッセイで知られるオリバー・サックスの著作。そのことを当日パンフで知り、エピソードを思い出した。
登場人物はたった三人で、しかも全てモノローグで構成されている。下手をすれば朗読劇のようになってしまいかねないが、決してそんなことにはならない力強さが感じられた。役者の力量と演出家の工夫がうまく噛み合っていたのだと思う。
確かサックスのエッセイに出てきた元の話では男性だったように思うが(記憶違いかもしれません)、この作品ではとても魅力的な女性とすることで、妻を愛する夫、患者を慈しむ医者というこれまた魅力的な男性二人を絡ませている。決して器用ではなくむしろぎこちない愛情がジワジワと伝わってくる舞台だった。
ラストの演出だけは書いておきたい。南果歩演じる主人公モリーは、完全暗転の中で長いモノローグを語る。語りながら劇場の中を移動──舞台から客席に降りて通路をぐるりと歩いて一周──していく。姿の見えない彼女の位置を、観客は声だけを頼りに定位する。そして最後に舞台中央に立った彼女を、弱いスポットライトがぼんやりと照らす。
盲人の気分を味わうとかそんな安っぽいことではなく、意識をただ声だけに集中するために、あの演出はものすごい効果があったと思う。あまりに集中しすぎて、モノローグの中身は全然覚えていない。ただその声が優しく喜びと感謝に溢れていたことだけが残っている。あんな声が出せるものなのかと驚くほどだった。
2011/06/18-18:00
「モリー・スウィーニー」
シアタートラム/当日券5000円
作:ブライアン・フリール
訳・演出:谷賢一
出演:南果歩/小林顕作/相島一之
美術:尼川ゆら
照明:斎藤茂男
音響:小笠原康雅
衣裳:前田文子
技術監督:熊谷明人
プロダクション・マネージャー:勝康隆
プロデューサー:穂坂知恵子