2005年02月20日

ク・ナウカ「ぼくらが非情の大河をくだる時」

 歓楽街の一角にある公衆トイレの中。狂人とも見える“詩人”と、彼を抑えて連れ帰ろうとする“兄”と“父”の攻防。とめどなく紡がれる言葉の応酬。・・・こういう、あらすじを書くのが困難な作品を観るたび、あらすじを書いてから感想を書くというこのウェブログのスタイルを変えたくなります。

 何も予備知識を持たずに観に行ったので、その小難しいセリフの数々は単に雰囲気を出すための演出くらいにしか思いませんでした。しかし実際は30年以上前に書かれた戯曲であり、その当時の時代が持つ空気をそのまま反映した言葉たちだったようです。

 舞台左手の壁に掲げられたディスプレイには4分割された映像が写されています。そのうちひとつはあらかじめ撮影されていたらしき映像のループで、他の3つは舞台のどこかに設置されたカメラからのリアルタイム映像。ただこれらの映像にどれだけ注意を払うべきか分からず、とまどいました。

 何かすごいことが目の前で繰り広げられているようでいて、それが何なのか伝わってこないもどかしさを始終感じる舞台でした。それが戯曲の古さによるものか、それとも演出のあざとさによるものかは私には判別しかねますが。

2005/02/19-14:00
ク・ナウカ「ぼくらが非情の大河をくだる時」
ザ・スズナリ/当日券3500円
作:清水邦夫
演出:仲田恭子
出演:大道無門優也/中野真希/大内米治


posted by #10 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(1) | 東京観劇1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: フラットに、すがすがしく 1972年、清水邦夫が書き、蜷川幸雄が演した『ぼくらが非情の大河をくだる時』は、「時代」という名の神話に包まれてきた。それは、上演それ自体の突出した出来事性や、同時代体験を特..
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Tracked: 2005-02-21 00:52
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