2010年03月12日

「イキシマ」続き

 先日書いた「イキシマ」の感想に対して関係者から反応を頂いたので、回答と追記をしておきます。(なお私自身は“批判”という言葉を使っていません)
単純に「意味が分からない」ことがどうして批判の対象になるのか。

 言い換えれば「『意味が分かる』ようにすることがどうして必要とされるのか」ですが、それは、イキシマが「精華小劇場製作作品」だったからです。

 もしこれがマレビトの会や維新派の通常公演なら、何も文句はありません。どんなにマニアックで意味不明でも良いのです。しかしイキシマは精華小劇場が主体となって企画した作品なのだから、意識すべきことがあったはずです。

 大阪の演劇関係者なら知っていると思いますが、精華小劇場の土地建物は大阪市が所有しており、2016年までに売却されることになっています(*)。つまり「存亡の危機に立たされた公立劇場」です。そういう劇場が自主企画を立てるとしたら、目的の全てではないにしても一部は「劇場と演劇の存在意義を世に示すこと」を意識するのが自然でしょう。それでなくても大阪では劇場の閉鎖が相次ぎ、小劇場演劇界は盛り上がりに欠けると言われて久しいのですから。
(*)2007年に発表されて以降の進展を聞かないので、もしかしたら変更になったかもしれませんが。

 演劇の価値や面白さを言葉で人に説明するのは困難です。公立劇場の存在意義を理解しない人々の心を動かそうとしたら、圧倒的に素晴らしい作品を提示するしかないでしょう。私はイキシマにそれを期待したのです。しかし残念ながらそういう作品にはなっていませんでした。しかも、力不足で表現できなかったのではなく、最初からまったく表現するつもりがなかったのです。これは理解に苦しみます。

 「分かるような意味なんてない」というならそれはもう表現ではないということで、ただの技巧的な自己満足と狭い世界の内輪受けで終わっています。アングラ劇団の貸館公演ならともかく、劇場製作作品がなぜそんなことになったのか、納得できる説明があるなら聞かせてもらいたいと思います(皮肉ではなく本当に聞きたい)。

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posted by #10 at 03:43 | TrackBack(1) | 雑記雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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公立劇場の役割と、素晴らしい演劇
Excerpt: 先日の、Blogに対するリアクションがあったので、それへの応答です。 不満だったことの詳細が二つあることは分かりました。 一つは、「公立劇場が意味不明な作品を創るとは何事だ」ということのようです。..
Weblog: 制作部日誌 3
Tracked: 2010-03-13 01:10
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