
第一次世界大戦中、ロシア軍と対峙するオーストリア軍の前線部隊。まもなくロシア軍が攻めてくるという状況下にあって緊迫する、ウィトゲンシュタインとその仲間たち。
これはいい作品だった。テアトル・ド・アナールの前作より三倍くらいいいんじゃないか。あんまり良かったので2回も観てしまった。再演ではなく同じ公演期間中に2回観たのは、知人を連れて行ったのを除くと初めてのことだ。
何ひとつ無駄のない戯曲であり、それでいて息が詰まらない。アフタートークによると一ヶ月くらいで作ったらしいが、だとしたら戯曲の出来は執筆期間とは関係ないんだと思わされる。そして膨大で難解なセリフをよどみなく発し、しかも情熱的な演技を観せてくれた役者陣を賞賛したい。
舞台はほぼ全編を通して兵舎の一室で、終盤に少しだけ戦場が描写される(そこは大半が暗転した中)。延々と続く会話劇だが、緊迫感と剥き出しの感情を背景のようにしてウィトゲンシュタインの心の叫びが描かれる。イギリスにいる友人との心の会話で、想いは宇宙にまで至る。
狭苦しい兵舎の一室と、広大無辺な宇宙が同じ広さの舞台上に描かれる様子は、それ自体がこの作品で描かれた思想にも通じるだろう(って、観た人でないと意味がわからないだろうけど)。
ただ、距離はマイルなのに高さはメートルで言ったり、第一次大戦時の歩兵(ウィトゲンシュタインのような坊ちゃんではなく、やや粗暴な末端の兵士)が原子論を詳しく知っていたかなど、時代考証的な疑問点はなくもない。せっかくよくできた戯曲なので、その辺はさらに磨き上げていつかまた再演してもらいたい。
2013/03/30-13:00
2013/04/07-11:00
テアトル・ド・アナール「従軍中の若き哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがブルシーロフ攻勢の夜に弾丸の雨降り注ぐ哨戒塔の上で辿り着いた最後の一行“─およそ語り得るものについては明晰に語られ得る/しかし語り得ぬことについて人は沈黙せねばならない”という言葉により何を殺し何を生きようと祈ったのか?という語り得ずただ示されるのみの事実にまつわる物語」
こまばアゴラ劇場/当日清算3000円・3500円
作・演出:谷賢一
出演:伊勢谷能宣/井上裕朗/榊原毅/西村壮悟/山崎彬
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