
ある日俊哉はため息をもらした。自分が自分じゃない気がした。「人間、いつ穴に落っこちるか、ホントわかったもんじゃない」ある日とつぜん脳に損傷を受けた沙智は、忘れていた。"恐怖"という感情を失った。「ビリヤードの玉、こいつと一緒だ」そして沙智は、十数年ぶりに父と再会する。脳科学者の父、母を捨てた父。「どこに転がるか、わからない。わからないように見えていて、すべて決まっている」二人は気持ちを壊したまま、迂闊な距離の詰め方をする。「姉さんの頭の中には、何がどう転がってるんだ?」(チラシより)
ずっと生き別れになっていた父と息子と娘。娘が結婚の報告のために二人で父の研究所を訪れる。感慨はあるような、ないような。そして娘が交通事故によって脳を損傷。「恐怖」を失い「欲望」が止まらなくなった彼女はすっかり変わってしまう。そんな彼女を取り巻く、夫と、弟と、父と。
[娘/姉/妻]役を演じた佐藤みゆきが大好きなので観にいった。骨太な4人芝居。舞台となる研究所の一室は、実験用のマウスを入れたガラスケージに囲まれて中央になぜかビリヤード台。演出は総じてクールであり、登場人物が少ない点も含めて好みの作品ではある。
ただ、この作品で描かれているのが何で、脳の損傷を柱に据えた展開をなぜ選んだのかは、あまりピンとこなかった。家族の関係性とか人格の本質とか社会との距離とか、こういうことかなという候補はいくつか思いつくのだが、正解は作・演出の谷さんしか知らないのではなかろうか。
ビリヤードはしばしば運命の物理学的解釈を説明するのに使われる。最初のショットの瞬間に玉の動きは決まる。本作でもそういうセリフがあったような気がするが、玉を抜いたら予測できなくなるという問いかけは少し斬新。自分の人生のビリヤードからも、玉をひとつかふたつ抜きたくなる時があるのだよね。
2012/01/28-14:00
テアトル・ド・アナール「ヌード・マウス」
赤坂レッドシアター/当日券5000円
作・演出:谷賢一
出演:大原研二/佐藤みゆき/増田俊樹/山本亨
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