2004年03月29日

【雑文】受付の話

 「劇団員にお知り合いはいますか」と受付で聞かれることがあります。これ、fringeでは絶対NGとされているのですが、そういう劇団の方は読んでいないのでしょう。最近は慣れたので気になりませんが、はじめの頃は質問の意図がわからず、不快とまでは言わないものの首をかしげることが多かったものです。

 ちなみにfringeは小劇場演劇の制作者を支援するサイトです。私がここを読むのは「トピック」や「blog」が情報源として有益だからですが、「ナレッジ」というコーナーは純粋に制作者のための基礎講座になっており、制作に携わる人には是非読んでほしいページです。

 さて冒頭のセリフ、どうやら役者のチケットノルマに加えるためのようですが、私の場合は常に「いません」と答えることになり、多少の寂しさを感じます。fringeの主張が全てではありませんが、どちらかと言えばやめた方がいいと私も思います。

 受付においては、他にも気になることがあります。

・受付種別の表示位置
 多くの場合、「前売」「予約」「当日」などで受付を分けています。しかしその表示が机の前にあると、並んでいる客の影に隠れてしまい、後から来た客には見えなくなる場合があります。天井から下げるとか後ろの壁に貼るなど、人が並んでも隠れない位置に表示してもらいたいと思います。

・開場前のアナウンス
 人気のある公演では開場前から多くの観客が集まります。文化小劇場のようにロビーのある会場では受付の内側で待つため問題ないのですが、七ツ寺のようにスペースが限られる会場では、受付で整理券を渡されて場外でたむろすることになります。すると、後から来た客が彼らを受付開始待ちと勘違いし、そのまま受付を済ませずに待機してしまうことがあります。
 また、整理券ではなく列に並ぶ方式では、受付待ちの列と入場待ちの列がそれぞれ伸びて、どっちがどっちかすぐには見分けられずに戸惑うことがあります。
 どちらの場合も、スタッフがこまめに「まだ受付がお済みでない方はこちらでお願いします」などというアナウンスを繰り返すことで解消されます。

・当日券の情報
 ある公演では、当日券の残数が受付開始前から掲示してあり、気分的に助かりました。充分な残りがある場合でも「当日券あります」などと大きく表示してあると近づきやすい気がします(私だけかな?)。

・靴袋、靴箱
 桟敷席のスタジオでは、靴を脱いで入る時があります。私は大抵ミドルカットのライディングシューズを履いているため、小さ目の靴袋では片方しか入りません。カバンより邪魔なので入口に置かせてほしいのですが、認められる場合と断られる場合が半々くらい。なぜか荷物は預かってくれるのに靴はダメだったこともあります。
 飲み屋じゃないんだから靴を間違える人がそう多いとも思えませんし、ロングブーツの女性はどうしているのか不思議です。特にスタジオ・座・ウィークエンドなんて常設の靴箱があるんだから、そこに置かせてくれと切実に思うのです。まあ、これも私の個人的な要望かもしれませんが。


 客席に着いてからのことも書くつもりでしたが、長くなったのでまたの機会に。


posted by #10 at 01:04| Comment(2) | TrackBack(1) | 雑記雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月28日

総合劇集団俳優館「PEACH WARS」

総合劇集団俳優館
「PEACH WARS」
愛知県芸術劇場小ホール
04/03/18-21
作・演出:児玉俊介
出演:後藤好子/稲吉直人/木村好江/中田裕子/三日市弓子/宮地友子/森裕紀子/杉野実奈/榎本朋代/衣川志保子/工藤真/桑原博之/田中さおり/光永聖/森川倫行/山口大輔/石川巧/古賀公洋/佐野潤/高橋幸誠/つく音/永坂寛澄/福島太一/山田雅司/岩田和丈/坪井文孝/ティナ棚橋/久川徳明/松浦大/児玉俊介


 かつて桃太郎に制圧されて武器を捨てた鬼ヶ島。そこに突然やって来た三代目桃太郎は、島を帝国の属領にすると言う。その真意は島に湧く「濁り水」だった。戦うか従うか、鬼達は真っ二つに分かれてしまう。

 今回と同じ児玉俊介が作・演出を手がけたロードブラザイーズの「アーリオ・オーリオ」の印象が良かったので観に行ったものの、全く異なる作風。昔話になぞらえてはいるが、イラク戦争や北朝鮮の拉致問題などを元ネタとして民主主義の大切さを説くという作品だった。

 小中学校での巡回公演ならそれも良いが、大人が普通の劇場で見る芝居としてはやや興醒めする。とは言え客層も親子連れが中心だったので、そういうスタンスで作っていると思われる。それを差し引けば、チャンバラの勢いや展開のテンポなどは良かった。

 ところで、残念ながら出演者の身内らしい親子連れがフラッシュをたいて写真を撮っていた。学芸会じゃないんだから、民主主義よりまず公共マナーを教育してもらいたいものだ。それが重大なマナー違反であることを親も理解していないのかもしれないが、身内客なら教えておいてほしかった。
posted by #10 at 13:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 名古屋観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どくうかん「メサイア」

どくうかん(劇団帰空管+独房女子更衣室
「メサイア」
北文化小劇場
04/03/12-14
作:本山桜
演出:瀬口かしす
出演:ありさ/高野亮/葉月充/井通302/六条幸丸/山口仁美/夏風雅/草野.com/花丸幸太/西尾知里/花村広大/佐東えり/瀬戸内美雪/本山桜/瀬口かしす


 キリシタン弾圧の時代、天草四郎をメシアに掲げて起きた史上最大のキリシタン一揆、島原の乱。しかし一揆を起こす直前に四郎は死んでしまう。そこに現れた朱珠姫は四郎にそっくりだったが、彼女はキリシタンを憎んでいた。それでも人々は彼女をメシアの座に据えて決起する。

 少女漫画芝居を自称する独房女子更衣室の本山脚本を、少年漫画芝居と評される帰空管の瀬口演出で彩るコラボレーション。結論から言えば、非常にうまく融合していたと思う。テーマが歴史物である点は帰空管の色が強いが、登場する女性キャラの大半が誰かへの恋を貫こうとするのは、“理不尽なまでに女の味方”と言い切る独房らしい脚本だ。

 帰空管において瀬口かしすの演出は、クライマックスの盛り上がりがひとつの売りだろう。ただ引っ張りすぎの印象を受けることも多く、今回も一部そう感じる点があった。ああ、ここで死ぬんだなと分かってから実際に死ぬまでが長すぎて醒めてしまうのだ。

 しかし帰空管のホームグラウンドとなっている北文化小劇場の使い方はさすがにうまい。独房が前回公演でここを使った際はその空間の埋め方に不足を感じたが、今回は濃密な舞台ができていた。

 独房も帰空管も個人的にお気に入り劇団なだけに、このコラボにはかなり期待して観劇に臨んだが、その期待を裏切られることはなかった。そして帰空管が次回で最後と聞いてとても残念に思った。
posted by #10 at 00:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 名古屋観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月15日

劇団あおきりみかん「プラクティス・プラクティス」

劇団あおきりみかん
「プラクティス・プラクティス」
千種文化小劇場
04/03/11-14
作・演出:鹿目由紀
出演:山中崇敬/松井真人/青木達郎/ヒート猛/とみィ/林本めぐみ/成田けい/大屋愉快/中本志津/木村仁美


 公民館の会議室二つ。男ばかり5人と女ばかり5人が明日の祭りの出し物を話しあっている。男の一人と女の一人は破局しかかっている恋人同士だが、他の顔ぶれもそれぞれに縁があり‥‥

 小演劇を知らない人にも安心して勧められる劇団として、あおきりみかんは筆頭に挙げられる。「ぽんかん劇場」と銘打った公演は客演中心で通常のあおきりとは異なる位置付けのようだが、やはり鹿目脚本・演出でいつもどおりに楽しめた。

 前回のぽんかんと同様に会議室を舞台にしており、千種の円形劇場の使い方としては無難で確実な線。しかし二つの部屋の入れ替わり方は斬新。見てない人のために補足すると、入れ替わるタイミングで全員がザッザッザッと足並み揃えて走るのだ。しかも途中から様々な趣向をこらすので見ていて飽きることも無い。

 展開もほどよく現実的でほどよくナンセンス。しかし一見ナンセンスでしかないと思えた「人の心を入れ替える」マジックがラストで巧妙に生きてくるあたり、実にうまい。ほのぼのと暖かい気分で劇場を去ることができた。
posted by #10 at 00:41| Comment(1) | TrackBack(0) | 名古屋観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

avecビーズ「散るミライ」

avecビーズ
「散るミライ」
ナビ・ロフト
04/03/04-07
作・演出:北村想
出演:中島由紀子/田中智沙/スズキナコ/金原祐三子/神戸浩/小林正和


 死体がくるまれているとおぼしきシーツを前に4人の女。「未来のことを考えましょう」。

 これといった筋のない不条理劇。だがその割に楽屋オチ的なネタが多くて困った。なぜ困るかと言うと、楽屋オチは決して不条理ではないからだ。

 普通の芝居でも、芝居それ自体が現実から少し離れた虚構であり、ある意味全てが不条理だ。だから不条理劇と呼ばれる芝居は、それに輪をかけて現実離れした展開になっているものだ。これに対し楽屋オチは、虚構の中に現実を持ち込むことでアクセントを付ける技法であり、不条理とは対極に位置する。

 別の表現をすると、不条理劇とは極端に現実離れした芝居であり、楽屋オチは極端に現実的な芝居だ。だから両者が混在する芝居は何なのか、どんな視線で見ればいいのか、受け止め方に困るのだ。
posted by #10 at 00:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 名古屋観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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