2004年02月24日

劇団フラッグ「トラフィックインフォメーション」

劇団フラッグ
「トラフィックインフォメーション」
スタジオ・座・ウィークエンド
04/02/21-22
作・演出:しゃれこうべ小田
出演:伊藤佐保美/ふーこ/そがゆり/山本健太/山下慎一郎/成瀬晋


 ヒッチハイクする一人の娘を2台の車が拾う。さらうどんが食べたくて長崎へ行く男2人と、買い物旅行で神戸を目指す女2人。あれこれあって、娘を元彼のいる長崎まで送り届けることになる。道中、悩む娘を力づけようと4人が一計を案ずるが‥‥。

 技術的には未熟だが好感の持てる芝居だった。

 まだ2回目の公演と新しい劇団で、残念ながら1回目は見逃したので今回が初見。役者もスタッフも若く、経験不足からか全体に荒削りでぎこちなさを感じることも少なくなかった。しかし、奇をてらうことなく素直に正面から作っている姿勢を評価したい。

 登場人物は慰めあったりケンカしたりふざけたり真剣になったりしながら、それぞれ少しだけ成長する。気恥ずかしくなるほど青春だ。嬉しくなるほど若者だ。

 芝居としては極めて普通で、何も変わったところはない。舞台装置は2台の車だけで、手作りらしさをも感じさせる張りぼてだ。登場人物が車中で歌うシーンはあるが、ダンスや映像はない。音楽はカーステから流れる曲だけで、照明は「はい次はこっち見てねー」と言わんばかりに観客の視線を誘導する。もうちょっとひねってもいいだろうと思うほど、基本に忠実な演出。

 だが、わかりやすい脚本を、丁寧な演技で表現し、でしゃばらない演出で彩る。それが結局一番大事なことだと感じさせる作品だったと思う。


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2004年02月23日

GEKIDAN GALAXY「スペースリズム」

GEKIDAN GALAXY
「スペースリズム」
千種文化小劇場
04/02/19-21
作・演出:フルヤカツトシ
出演:藤元英樹/ジル豆田/池野和典/渡辺真輔/尾張ゴール/佐野俊輔/若月智美/黒田郁美/桜井七菜/上田美鈴/おかひろみ/猪飼真代/纐纈千夏/FULL8/川合陽子


 新人ばかりの乗組員が動かす宇宙客船、アストロライナー地希生号。冷凍睡眠した乗客(=観客)を乗せ、240万光年先の惑星シマーンまで2年がかりで飛行する。その途中、様々な事件が起きる。

 GEKIDAN GALAXYは、演劇をビジネスとして扱う姿勢を明確に表明している。確かに、身内客が大半を占めたり作家の自己満足で終始するといった、小劇団にありがちな悪要素は排除されている。またトータルコーディネートが徹底しており、入場券は飛行機(宇宙船)のチケット、パンフレットはパスポート、受付は空港のカウンターで、場内放送も空港のそれをイメージしてデザインされていた。小劇場でここまでやっているのは初めて見た。

 しかし作品そのものの出来栄えはどうだったかと言えば、必ずしも高い評価はできない。コラボレーションのあり方に疑問を感じるのだ。

 異なるジャンルのものを融合することで単体より高い効果を生み出す手法を、コラボレーションと呼ぶ。表現に変化をつけたり固定観念を破ったりするために以前から行われており、小演劇でダンスがあるのは珍しくない。この作品では、歌とダンスと映像が取り込まれている。

 コラボレーション自体を否定する気はないが、それはあくまでも手段のはずだ。まず表現したい内容があり、それが通常の演出手法では表現しきれないか、他の手法を使ったほうがうまく表現できるような場合に使うのが本来のコラボレーションだと思う。

 ところが、この作品ではほとんどそれが目的か前提になっている感がある。演劇の枠にとらわれないというより、コラボレーションすることにとらわれているのではないか。演劇以外の要素を取り入れた分、演劇自体が後退してしまったのではないか。

 せっかく良い役者を集めているのに芝居としての厚みが感じられず、バラエティ番組のコントを見ているような印象を受けた。個々の役者の技量によって支えられてはいたが、コラボレーションやイメージ作りに凝りすぎて、肝心の芝居が学芸会のようになってしまったのでは意味が無い。

 エンターテイメントとして、このレベルで満足しているのだろうか。違うことを願いたい。
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2004年02月16日

演劇人冒険舎「エレクトラ」

演劇人冒険舎
「エレクトラ」
千種文化小劇場
04/2/13-15
作:ソフォクレス
訳:山形治江
演出:木崎裕次
出演:伊藤順一/松島宏至/東方るい/古田裕子/内藤美佐子/横井れい/和田誠/山崎リエ/内ヶ島寛美/伊藤香織/尾方香苗/粉川明子/佐藤実由妃


 ギリシャ三大悲劇詩人の一人であるソフォクレスの作品。実の母親とその愛人によって父親を殺された娘エレクトラが、弟と共に復讐を果たす。ギリシャの円形劇場に似た舞台配置を持つ千種文化小劇場をうまく使った公演だ。現代風の脚色や翻案を加えることもなく、原作通りに演じられていた。

 小劇場でギリシャ劇が演じられるのは珍しいが、こういった古典の上演はもっと増えて良いのではないかと感じた。

 現代劇を見慣れていると、古典戯曲はかなりベタなものだ。セリフは長いし感情表現はやたら大袈裟。それでいて結末に意外性はない。しかしもちろんそれは演劇の原点であり、現代劇はそういう作品を踏み台にして発展してきたはずだ。むしろ現代劇の方がひねりすぎとも考えられる。エンターテイメントとしては弱いかもしれないが、基礎としては大事だ。

 劇団の実力を測る上でも古典の上演は有意義だ。初めからネタバレしているのだから、たとえ展開や結末がベタでなくても意外性でひきつけることは期待できず、役者や演出の技術が前面に出ることになる。現代劇でも新作でなければ同じことが言えるが、古典の場合は小説のように出版されていることも多いから特にその傾向が強い。

 そこで今回の芝居はどうだったかというと、70点くらいの出来栄えだったと思う。エレクトラ役の声が枯れ気味で、途中からセリフのトチリがやや多いのが気になった。またオレステス(エレクトラの弟)を演じた役者も未熟な印象を受けた。しかし難点はそのくらいで、あとは堂々たるものだ。舞台装置はシンプルだが的確な作り方で、そこに質感を与える照明の使い方が巧かった。

 演劇人冒険舎にとってギリシャ劇の上演は初挑戦とのことだから、他の劇団にも挑戦してほしい。
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2004年02月09日

【雑文】voice of NANA II vol.12

 演劇関連の読み物では、書き手が自分の博識ぶりをひけらかしているとしか思えない文章を目にする時がある。素人が聞いたこともない単語を散りばめて、誰に読ませるつもりで書いているのだろう。文の構造もやたらと複雑で、読み手に理解しやすいようにとの配慮が感じられないものも多い。

 七ツ寺共同スタジオが発信する「voice of NANA II」という季刊批評紙がある。七ツ寺で観劇するとチラシと一緒に貰えるので、知っている人も多いだろう。その最新号(03年12月25日発行)の表紙には、「入門拒否症は市民派アートやアートセラピーに癒されてしまってはならないはず」と題した三脇康生氏の文章が載っている。まずタイトルからして難解だが、本文はもっとすごい。

 実物を入手できない人のために引用しようかと思ったが、打ち込むのが苦痛なのでスキャナで読み込んだ。まずはこれを読んでみてほしい。
【voice of NANA II 第12号表紙(JPEG画像512KB)】

 読んだ? では想像してほしい。「芝居好きの友人に誘われて、初めて七ツ寺に来た観劇初心者」がこれを見たらどう感じるか。最初の3行しか読まずに捨ててしまえば良いが、もし最後まで読んでしまったら演劇に対してどんなイメージを抱くだろう。よくわからない、とっつきにくい、敷居の高い世界と思いはしないか。もし芝居そのものがその人の趣味に合わなかったら、二度と足を運ばなくなるだろう。

 voice of NANA IIは、各公演の宣伝チラシに混じって総合的な演劇フリーペーパーとして配布されている。ならばそれが目指すべき役割は何なのか。このペーパーの執筆者や編集者は、その記事によって読者にどんな変化をもたらそうとしているのかを問いたい。

 特に大事なのは、読者は観客だという点だ。作品に対して言いたいことがあるだけなら劇団に送ればよい。あえて劇場入口で配るなら、演じ手ではなく観客に訴えかける何かがなくてはならない。何だろうか? 普通に考えればそれは、より強く演劇に興味を持ってもらい、より強く魅力を感じてもらうことではないか。芝居を知らなかった人を惹き付け、知っている人を繋ぎ止めることではないか。

 しかしvoice of NANA II第12号にそういう姿勢は認められない。もしかしたら、演劇がマイナーな分野だという自覚がないのかもしれない。あるいは、いい加減な気持ちで見るべきではない高尚な芸術だとでも思っているのか。そう言えば今号の巻頭文は「アートの社会化」や「市民派アート」の必要性に疑問を投げかけている。演劇がより多くの人々に普及することが不要だと考えているのか? まさかそんなことはないと思うが。

 映画やコンサートに比べ、演劇はまだ珍しい趣味と言われる。別にそれで困ることはないが、より良い作品が増えるためには母集団が大きい方がいいのだから、もっともっと広く普及させてもらいたい。限られた一部の人だけのものであって良いことなど何もないのだ。フリーペーパーに読み物を載せるなら、そういう視点を持つべきだと私は考える。
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2004年02月05日

日本劇作家協会東海支部プロデュース「劇王II」

日本劇作家協会東海支部プロデュース
「劇王II」
長久手町文化の家
04/01/31-02/01

[A-1]梅緒咲紀子「over spilt milk」
  演出:梅緒咲紀子
  出演:多田木亮佑、上田定行

[A-2]くらもちひろゆき「花の命は短くて」
  演出:佃典彦
  出演:二宮信也、ヒート猛、吉岡弘

[A-3]山田健司「チューズデイ」
  演出:月面コレクション
  出演:山田健司

[A-4]久川徳明「ツキのあかりの、そんなヨル」
  演出:久川徳明
  出演:ティナ棚橋、相良真、松田泰基、佐々木和代

[A-5]品川浩幸「元パパ」
  演出:品川浩幸
  出演:藤元英樹、寺西栄美

[B-1]刈馬カオス「インスタント・セックスフレンド」
  演出:刈馬カオス
  出演:西尾知里、渡辺真輔

[B-2]徳留久佳「ボルシチと針金」
  演出:徳留久佳
  出演:栗木巳義、斎藤やよい、山積わたしも、向原パール

[B-3]瀬辺千尋「たみちゃんの西瓜」
  演出:瀬辺千尋
  出演:岩木淳子、小関道代、段丈てつを、長江ヒロミ

[B-4]平塚直隆「爆笑王」
  演出:平塚直隆
  出演:江口健、関戸哲也、中尾達也、丹羽亮仁

[B-5]キタミコマエ「ストレート・ステッチ」
  演出:斎藤敏明
  出演:纐纈麻子、成瀬亜季、よしもりゆきこ、かわかたみかこ


 20分の短編芝居十編が前回の覇者に挑戦する。優劣を決めるのは観客による投票。初日は全部観たが二日目は行かなかったので、杉本作品は観ていない。

 劇作家協会が主催する企画なので、評価の対象はあくまで劇作家(つまり脚本)なのだが、観客が脚本の良し悪しを判断するのは難しい。それは能力ではなく情報の問題だ。普通の観客は脚本自体を読んだりしないので、舞台上で演じられる芝居を観て判断するしかない。だがそれは脚本に演出や演技が加わってできた作品の全体像であり、その中から脚本による要素だけを取り出せと言われてもまず不可能だ。つまり結局のところ投票は作品に対して行われたと捉えるべきだろう。

 初日の投票結果を以下に示す。メモし忘れたので、2chに書かれていたデータを借用した。一般客票の総数がAとBで異なるため各プログラム内での得票率をカッコ内に付記した。

劇作家   一般客票     ゲスト票     合計
梅緒   24(13%)  13(14%)  37(14%)
くらもち 45(25%)  30(33%)  75(27%)
山田   18(10%)  10(11%)  28(10%)
久川   12( 7%)  11(12%)  23( 8%)
品川   83(46%)  27(30%) 110(40%)☆

刈馬   26(11%)  47(52%)  73(22%)
徳留   38(16%)   8( 9%)  46(14%)
瀬辺   58(24%)   7( 8%)  65(20%)
平塚   97(41%)  24(27%) 121(37%)☆
キタミ  19( 8%)   4( 4%)  23( 7%)

 各プログラムで勝者となった品川作品と平塚作品は、いずれもコメディでかなりの笑いを得ていたものであり、この結果はほぼ予想どおりだった。なぜなら、進行役(赤井俊哉)のトークやオープニングの余興も基本的に笑いを取ることを目指した演出であり、イベント全体を支配する空気は“面白いものが勝ち”になっていたからだ。個々の芝居を単品で上演して観客に“絶対的な満足度”を尋ねたら、違った結果になっていたかもしれない。

 冷静に考えれば、ジャンルを統一しない作品間で優劣を決めること自体がそもそもナンセンスだ。しかしそのことは主催者や参加者も充分理解した上で、お遊びとしてこのイベントは実施されている(と思う)。だから、この結果がそのまま劇作家の優劣を表しているとは誰も考えないだろう。

 さて、個人的には自分がまだ“普通の観客”の視点を失っていないことが確認できて安心した。実は最近、あまり多くの作品を観ていると視点が歪んでくるような不安が沸いてきていたのだ。でもまだ大丈夫らしい。

 これに対して普通の観客の視点ではない人達もいた。ゲストの3名(ラサール石井、銀粉蝶、安住恭子)だ。もちろん彼らの視点が歪んでいるとは言わないが、Bグループにおいて一般客票とゲスト票がまったく違う傾向を示したのは特筆に価する。一般客票で5作中4位だった刈馬作品が、ゲスト票ではダントツの1位になっている。これは何故か。

 聞くところによるとゲストも一般客に混じって普通の客席で観劇していたそうだから、得られた情報に差があったわけではない。つまり、例えば脚本自体を読みながら観劇していたとか、ビデオで繰り返し見て検討したとか、そういうことではない。二日目には各作品についてゲストが詳しく語ったとのことなので、それを聞けばもっとよく理解できたかもしれない(聞いた人のフォロー求む)。

 プロとアマの視点の違いとか、東京と名古屋の文化の違いとか、たまたまこの3人の嗜好が偏っていたとか、いくらでもそれらしい説明はできる。だが何にしても、別にゲストの出した答が正解と言うわけではない。と同時に、一般客の票が多かったからと言って今後も同じような作品を作りつづけることが是とは限らない。

 色々な作家がいて、色々な役者がいて、色々な芝居がある。当たり前のことだが、並べて見せられると本当にそのとおりだと気づかされる。いわばメニューリストとしての短編集だ。今回長久手まで観に行って得られた一番の収穫は、名古屋の演劇のバリエーションが充分に豊かであることを確認できた点だったのかもしれない。
posted by #10 at 01:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 名古屋観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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